日本語練習帳

つらみのラプソディを歌います

物書き

文章をかくためのツールであるブログでこのような話題を出すのはナンセンスであるが,とにかく物を書くには体系立った計画性が必要であることを身に沁みている.

自分の中でいくらか習慣化しやすそうなこととして,好きなジャンルの解説文を定期的に投稿する,というのはある意味で訓練になりそう.

というのも,それは時として調べ物を伴うからである.

自分の血肉と化した知識や技術を人に伝える分には,その調理の自由度はほぼ無限大と言っていいだろう.

しかし,頼まれて書く文章や,必ずしも習熟していない分野についてのまとめを書く必要性も,時として生じる.

そういうのは,一種の「借り物の知識」との戦いである.

他所から仕入れた知識を時間の範囲内で素早く消化し,私見や思い込みを交えずに書くという技術は,あるに越したことはない.

だから,何かしらの解説文を書くというのは,ある意味で万能な訓練技法なのだなぁ(詠嘆)

ところで,勉強する時の最善の方法としてよく「自分の言葉で解説文を作る」というのが挙げられますが,これは一種のマッチョ的思想ですよね.だって,上に書いたことの究極に難しい一般化なのだから(仕入れて納得したばかりの知識を用いてまとめるという意味で).

後,何でこういう記事を書いたかというと,今頼まれごとで文章を書いているからである.